誰にでも優しいのは、誰にも優しくないのと同じこと

最大公約数的に、誰にも批判的な意見を言わずに、まぁまぁでなんとなくアゲなことを言っていると、段々辻褄が合わなくなり、意見としてまったく意味をなさないばかりか、結局誰にとっても不満な事態になる。

対立を避け、なぁなぁな意見でことなかれで流す日本人が陥り勝ちなドツボだ。

かと言って、なんでも対立して自己主張するアメリカ人のやり方が良いのかというと、そんなことはまったくないが、問題があるのに無いフリはしないという点では、アメリカ式は立派なもんだと思える。

単純な話で、プロジェクトの問題なのか?個人の問題なのか?という点で、日本人はなぜかプロジェクトで起こった問題で自分の担当箇所だと、個人の問題だと思ってしまう点がある。

日本人特有の感覚なのか?比較的、ほかの国でもある感覚なのかは良くわからないが、何か問題が起こっても、仕事上の問題なら、個人の問題ではなく仕事の問題であって、仕事のやり方を改善すればいいだけで、個人の問題とは無関係なんだがそれを日本人はよくわかっていない人が多い。

欧米式の問題のとらえ方は単純で、個人の資質や性格の問題であるとは全く考えない点で、完全に仕事上の問題で改善できればそれでOKだということを普通にできることだ。

mixi疲れ度数は、マイミクの数に比例するらしい。

マイミク全員の日記を見て回ったり、コメント返しをしていると単純に手間がかかって疲れるというのもあるが、マイミクの数が増えるにつれ、あっちのマイミクとこっちのマイミクとで意見や立場が違うのに気を使って調整していると、気疲れしてしまうとかで。

そういう時は、問題があってもないフリとか、気が付かないフリしてスルーするというのは、結構賢いやり方なのかも知れない。

ただし、WiMAX キャンペーンも気がつかないフリをしたのがバレなければの話だが。

mixi始めて3年半ぐらい経つが、始めたころとは大分立場も変わったから、縁が遠くなった人も増えた。
誰にでも良い顔しようとすると、結局仕事と変わらんねと思えてくる。